東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)11号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲の記載及び審決の理由の要点)並びに審決の理由の要点2摘示の各引用例の記載及び本願発明と第一引用例との間に同3摘示のとおりの相違点があることは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載に成立に争いのない甲第二号証の三ないし五(昭和五九年一月二三日付及び昭和六一年一月一一日付各手続補正書並びに本願発明の特許公報)を総合すれば、本願発明の要旨は右特許請求の範囲記載のとおりと認められる(なお、被告は、これと同旨の審決の要旨認定につき、形式的に特許請求の範囲の記載のとおり認定するのみで実質的把握を怠つたものとしているが、本件においては、前示のような認定を妨げる特段の事情を認めるべき証拠はない。)。
二 また、前掲甲第二号証の三ないし五によれば、従来の自動静電塗装においては、被塗物の範囲外(上下前後)では塗料吐出を停止し、塗料の無駄な使用を極力少なくする方法が行われていたが、例えば塗料吐出量自体についてみれば、被塗物の大きさ(被塗面積)や被塗物の形状(同一被塗物中における湾曲部や凹凸部の有無)に関係なく被塗物に塗れ過ぎが生じないことを第一義的(基準)にして塗料吐出量を一定に設定し、画一的に塗装を行つていたこと、しかし、このような画一的な塗装では、例えば塗装ラインにより自動車のボデイを塗装する場合、ホイールハウス上部やフエンダー部の塗料吐出量は、それらの前後のフロント部等の大きな被塗物の面積を基準として設定されているため、静電気により面積の小さい右ホイールハウス、フエンダー部に塗料が集中し、必要以上に塗料が付着し、その結果塗面に流れ等の塗装の不具合、塗膜の不均一及び塗料の無駄な使用という事態が生じていたこと、そこで、本願発明は、右のような問題点を解決し、被塗面積や形状等に応じ、塗料の無駄なく均一な塗膜を得ることができる最適の塗装の実現を目的として、ミニベル型静電塗装機(ベル型の一種で、小型のベル型霧化頭を回転させて塗料を拡開噴霧したうえ、被塗物と霧化頭の間に所定の高電圧を印加することにより静電霧化された塗料を噴射し被塗物に塗料を付着させて塗装する装置で、シエービングエア圧力とベル回転数により噴霧パターンを自動制御でき、本願出願前から当業者間に周知のものである。なお、この点については当事者間に争いがない。)の静電塗装方法に関し、前記当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載のとおりの構成を採用したものであることが認められる。
三 取消事由に対する判断
1 取消事由(1)について
(一) 原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証(一九六九年一一月発行の渡辺保著、理工出版社版「最新静電塗装技術」)によれば、第一引用例中には、自動静電塗装は固定式静電塗装機と往復動式静電塗装機を使用するものに大別でき、そのうち往復動式静電塗装機は、スプレーガンをレシプロケーターによりコンベアスピードに合わせて上下、水平又は曲面に沿つて往復動させる塗装装置である旨記載されており、これに続く装置の具体例に関する紹介中に、「(検出器により、コンベアで搬送される)品物の接近を知ると、塗料バルブが自動的に作動して塗料を噴射させる。この際、品物の幅、高さに応じて、けつしてオーバースプレーしないように自動制御される事はもちろんである。いろいろな形のものが、つぎつぎに変わつて送られてくる場合があるが、その時には、その順序と最適の塗装条件をあらかじめ記憶装置に記憶させておいて、それから指令を出させて自動塗装を行うことが出来る。」、「たとえばボンベの自動塗装機である。ご承知のようにボンベの形は丸味をおびてわん曲し、小さな筒になつているので、これに上下動だけの普通のレシプロ型自動静電で塗装をすると、必ず上のわん曲部および小筒部は膜層が厚くなつてタレる事が多い。そこでわん曲部および筒部の位置では塗装機の吐出量を適宜しぼらなければならないが、これはナライ盤によつて自動的に吐出量を最適の条件にするように構成されている」との記載(同号証の二二六頁本文一行ないし六行及び二二八頁一行ないし一四行、これらの記載があること自体は当事者間に争いがない。)があることが認められる。
右各記載によれば、第一引用例には、静電自動塗装において、被塗物の幅、高さに応じてオーバースプレーしないように制御する(この場合の具体的制御方法は、レシプロケーターによるスプレーガンの往復運動幅の調整と塗料吐出のオン、オフによるものと推測される。)点のみでなく、ボンベの自動塗装の例にみられるように、塗料吐出量を制御する点も記載されており、またその目的が塗料の無駄や塗膜の不均一化を防止することにあることも明らかである。のみならず、右ボンベの自動塗装に関する記載は、ボンベの上部の小筒部及びわん曲部の塗装においては、レシプロケーターによるスプレーガンの往復運動幅の調整等をするのみでは対処しきれないために、更に塗料吐出量の自動制御をも行うというものであつて、これは、被塗物の面積(ボンベの本体が大で、小筒部が小)及び形状(ボンベのわん曲部)の差異にかんがみ、これが塗膜の膜厚、塗料の使用量等に影響を及ぼすものであるため、それぞれの面積、形状に応じた最適の塗料吐出量を決定、制御しようとするものにほかならないものと認められる。そうであれば、第一引用例には、審決摘示のとおり、被塗物の面積及び形状に応じて塗料吐出量を自動制御することが記載されているものというべきである。
(二) 他方、前記二の認定事実に徴すれば、本願発明は、ミニベル型静電塗装機の使用を前提として、被塗面積及び形状等に応じて、右塗装機の塗料吐出量とベル回転数、シエーピングエア圧力の操作量を決定して塗料噴霧状態を制御しようとするもので、右制御の目的が塗料の無駄や塗膜の不均一化を防止し、被塗物(各塗装区)の面積及び形状等に応じた最適の塗料噴霧状態を得ることにあることも明らかである。そして、制御の対象中には、右のとおり、第一引用例におけると同じ塗料吐出量が含まれているのであるから、本願発明と第一引用例とが「被塗物の面積及び形状に応じて塗料吐出量を自動制御する」点で一致するとした審決の認定判断は、その限りにおいて相当であつて、誤りはない。この点に関し、原告は、第一引用例と本願発明とでは、制御の対象が、第一引用例では塗料吐出量のみ、本願発明では塗料噴霧状態と、明らかに相違しているから、審決の右認定判断は誤りである旨主張する。しかしながら、塗料吐出量は通常、塗料噴霧状態の形成に大きく寄与することは自明であると考えられるのみならず、前掲甲第二号証の三ないし五によつて認められる本願明細書の発明の詳細な説明中の実施例に関する記載に徴しても、そこには、主として、シエーピングエア圧力やベル回転数が、塗料吐出量の増減に伴う噴霧パターン幅(拡開度)や塗料の粒子径の増減を補正する要素として用いられる例が記載されていることからして、本願発明にかかるミニベル型静電塗装機においても、むしろ、その塗料噴霧状態の主要な決定要素は塗料吐出量にほかならないことが窺えるのであり、以上の点からすると、本願発明における塗料噴霧状態の制御は塗料吐出量の制御をその主たる要素として包含していることは明らかというべきであるから、塗料吐出量の自動制御に関する限りで本願発明のものと第一引用例記載のものとが一致するとした審決の認定判断は相当であつて、これに反する原告の主張は採用することができない。
(三) なお、審決摘示のその余の一致点に関する認定判断については、原告もこれを誤りであるとする理由に関し具体的な主張をしていないのみならず、前認定の本願発明の要旨と前記(一)において認定した第一引用例の記載内容に照らしても、これを肯認することができる。
(四) よつて、取消事由(1)は理由がない。
2 取消事由(2)について
(一) 原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証(昭和四六年一一月二五日発行の立石電機株式会社中央研究所資料室編「OMRON TECHNICS, Vol. . 11, No.3」)によれば、第二引用例には、自動車の自動静電塗装に関し、図5にスプレーガンの軌跡及びプログラム制御の設定方式例を示す。すなわち、塗料吐出設定ではトツプスプレーガンの場合はフロント及びリヤウインド部は吐出停止させ、A点、C点、E点で塗装幅を変えるようにしてあり、また、サイドスプレーガンの場合は途中タイヤハウス部での吐出制限はせず、上下往復運動幅を四段階に分けて塗料のむだをなくしている。」との記載(同号証の一五一頁本文左欄下から一行ないし同頁右欄上から七行)があり、また、図5には、被塗物(自動車)をA→B、B→C、C→D、D→E、E→Fの五つの塗装区に区画し、トツプスプレーガンの場合は、A点、C点、E点における自動車の上面(ボンネツト、天井等)横幅の変化に応じて、右スプレーガンの往復運動幅を変えることにより塗装幅を変えるとともに、B→C(フロントウインド部)、D→E(リアウインド部)においては塗料の吐出をオフする点が記載され、サイドスプレーガンの場合(なお、図5の下段に「トツプスプレーガンの塗料吐出設定」とあるのは、「サイドスプレーガン塗料吐出設定」の誤りと思われる。)は、A点、B点、C点、D点、E点における自動車の側面下半分の上下幅の変化に応じて、右スプレーガンの上下往復運動幅を四段階に分けて変えている点が記載されていることが認められる。
右各記載によれば、第二引用例における塗装区の区画は、各塗装区の面積の比較によつてなされたものであるというよりは、むしろ被塗物の各塗装区における幅及び性状(フロント及びリヤウインド部は、その性質上塗装を要さない。)との関係で区画されたものであるというべきであるから、審決が、同引用例に面積比較によつて被塗物を複数の塗装区に区画する点等が示されているものと認定したのは必ずしも相当ではない。この点に関し、被告は、コンベア上を移送される被塗物においては、通常コンベア速度が一定であるため、被塗物の幅比較によつて区画することと、面積比較によつて区画することは実質的には同じであるから、第二引用例記載のものも本願発明と同様に面積比較によつて被塗物を区画するものである旨主張するところ、なるほど、前掲甲第二号証の五によれば、本願明細書にも、「通常被塗面積は、コンベア速度とこれに直角な被塗物の寸法との積の関係で表されるものである。従つて、コンベア速度が一定である場合、被塗物の面積の大小は、コンベアに直角な被塗物の寸法の大小に比例するものと考え得る」との記載(同号証3欄一〇行ないし一四行)が認められるように、被塗物の幅と面積の関係は、これが一定速度のコンベアによつて搬送されることを前提とする限り被告主張のようにいうこともできないではないが、本願発明において、被塗物をその面積比較により複数の塗装区に区画するのは、前記二に認定した本願発明の目的からも明らかなように、各塗装区の被塗面積等に応じて、その大小により影響を受けるべき塗料噴霧状態を適切に調整するためであるのに対し、第二引用例における区画は、各塗装区の幅に応じてスプレーガンの往復運動幅を制御し、又はその部位の性状によつては塗料吐出をオフするためであることは明らかであるから、両者の技術的意義を全く同一に論ずることは相当ではない、
(二) しかしながら、右認定の第二引用例の記載内容によれば、同引用例は、少なくとも、自動静電塗装において、被塗物を複数の塗装区に区画したうえ各塗装区に応じた各種操作量のプログラム設定をする旨の技術思想を開示するものと認められるし、また、前記1(一)で認定したとおり、第一引用例には、ボンベの自動静電塗装に関し、被塗物の面積の差異(ボンベの本体が大で、小筒部が小)にかんがみ、これが塗膜の膜厚等に影響を及ぼすものであるため、それぞれの面積に応じた最適の塗料吐出量を自動的に制御する点の記載があり、これは、見方を変えれば、ボンベを面積比較により小面積部と大面積部にあらかじめ区画することを示しているものともいい得るから、第一引用例記載の自動静電塗装において、塗料吐出量を調整できる塗装機を使用する場合、そのプログラム設定に際し、被塗物の面積比較によつて複数の塗装区に区画し、各被塗面積に応じて、塗料吐出量の制御のための操作量を決定する方式を採用することは、当業者なら適宜なし得る程度のことにすぎず、格別の困難性を伴わないものと認められるから、その旨の審決の判断は、結論において誤つていないものというべきである。
(三) よつて、取消事由(2)も理由がない。
3 取消事由(3)について
(一) ミニベル型静電塗装機が、前記二に記載したとおりのもので、静電塗装に使用され、ベル回転数やシエーピングエア圧力により噴霧パターンをリモートコントロールできるという機能があること及びこれらの事実が本願出願前、既に当業者の間に周知であつたことは、当事者間に争いがない。
(二) また、第一引用例に、自動静電塗装において、塗料の無駄や塗膜の不均一性を防止し、被塗装面の被塗面積及び形状との関係で最善の塗装を得るべく、該被塗面積及び形状に応じて塗料吐出量を制限する点の記載があることは前記1(一)で認定したとおりであり、右記載が自動静電塗装一般に適用し得るものであることも右認定にかかる同引用例の記載全体の趣旨から明らかである。そうであれば、第一引用例記載の自動静電塗装において、本願発明におけるように、その機能等が周知のミニベル型静電塗装機を使用する場合(第一引用例記載の自動静電塗装に用いる塗装機として同塗装機を採用することが当業者が適宜なしうる塗装機の選択にすぎないことは、原告の争わないところである。)、塗料の無駄や塗膜の不均一性等を防止すべく、その塗装面積及び形状に応じて、塗料吐出量の制御のみならず、ミニベル型静電塗装機の有するシエーピングエア圧力及びベル回転数の増減による噴霧パターンの制御機能を利用することは当業者にとつて当然のことであつて、何ら創意工夫を要するものでないことは明らかであり、また、これらの制御につき、被塗面積及び形状に加えて、塗料の性状(例えば塗料粘度)をも考慮することも、当業者にとつて適宜なし得る技術的事項であると認められるから(この点は、スプレーガンに関してではあるが、成立に争いのない乙第一号証(塗料出版社発行の「塗装と技術一九七〇年九月号)の記載中の使用塗料の粘度が使用中変化しても一定の吐出量を得ることが可能である旨の記載からも窺うことができる。)、これと同旨の審決の認定判断は相当であつて、何ら誤りはない。この点に関し、原告は、第一引用例が塗料噴霧状態を制御する点を示唆するものでないとか、第三引用例が具体的な塗装方法を記載するものではない等るる主張しているが、第一引用例における塗料吐出量の制御が実質的には塗料噴霧状態の制御をするものである点は前記1(二)に認定説示したとおりであるから、この点に関する原告の主張が理由のないものであることはいうまでもなく、また、第三引用例に関する主張も、同引用例はミニベル型静電塗装機が相違点(1)に指摘された機能を有することが本願発明の特許出願前に周知であつたことを示している点に意味があるのであるから、失当というほかない(なお、前掲乙第一号証は、判断の前提として、本願出願前における周知事項を知るためのものにすぎないのであるから、これを本件についての資料とすることに妨げはない。)。
(三) よつて、取消事由(3)も理由がない。
4 取消事由(4)について
原告主張の本願発明の効果は、審決の引用する各引用例の記載から予測できる程度のものにすぎないか、あるいは、本願発明の前提をなす周知のミニベル型静電塗装機自体の奏する効果にすぎず本願発明に特有の効果と認めることができないものかのいずれかにすぎず、他に本願発明の作用効果が特別顕著性を有することを認めるに足りる証拠もないから、取消事由(4)も理由がないといわざるを得ない。
5 取消事由(5)について
発明の定義は特許法二条一項に定めるところであり、これを字義どおり厳格に解するのは相当ではない。すなわち、同法二条一項とは別途に同条二項に「特許発明」の定義規定がおかれていることからみて、特許要件を具備しないとして拒絶された発明も同法二条一項の「発明」に含まれるものと解される。このことは同項に定義された「発明」が特許要件を備えるほど高水準のものに限られないことを意味するものということができる。したがつて、同項は極めて一般的な概念規定と解すべきであり、特許法二九条二項の判断に当たり対比資料とされる同条一項三号の「発明」に関していえば、対比される技術が少なくとも、当該技術分野における通常の知識を有する者が理解し得るように自然法則を利用した技術的思想が具体的に開示されていると一応認められれば足り、それが仮に当業者間において周知慣用技術であつても差支えないものというべきである。かような観点から前記1(一)及び2(一)において設定した第一、第二引用例の記載内容をみれば、これらはいずれも静電塗装の技術分野における通常の知識を有するものが理解し得るように自然法則を利用した技術的思想を開示しているものであることが認められるから(加えて、右記載によれば、各引用例は当業者が容易に実施できる程度にその技術的構成を示しているものと認めることができる)、右各引用例記載の技術は特許法二九条二項、一項各号「発明」に該るものということができ、この点に関する原告の主張はその前提において失当であり、採用することができない(なお、第三引用例は本願出願前に同塗装機の有する機能等が当業者に既に周知のものとなつていた事実(この点が当事者間に争いがないことは前示のとおりである。)を示すためのものにすぎないから、その発明性を論ずる必要はないものというべきである。)。
四 以上のとおりであつて、原告主張の取消事由はすべて理由がなく、審決の認定判断は正当であるから、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編注1〕本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
ベル型静電塗装機に対向し、かつ進行方向に直交する方向において経時的に変化する被塗物をその面積比較によつて複数の塗装区に区画した後、該各塗装区の被塗面積に応じて前記ベル型静電塗装機の回転数と塗料吐出量とシエービングエア圧力の操作量を決定し、次いで前記各塗装区の形状あるいは部位及び使用塗料の性状によつて前記各操作量を適宜修正して塗料噴霧状態を制御すると共に、該塗料噴霧状態からなる噴霧パターンによつて前記各塗装区を被覆すべく前記ベル型静電塗装機を固定若しくは短区間往復動せしめて塗装を行うことを特徴するベル型静電塗装機の静電塗装方法。